明らかに近年の作品とは書き味が異なります
池井戸潤さんの最新作「下町ロケット ゴースト」,読了しました。
私,最近の池井戸さんの大衆に迎合するような書き味に少々食傷気味でした。
「大きい目標をぶち立てて強大なライバルに立ち向かい,努力を重ねて数々の困難を乗り切って成功を収める…」という,お決まりのパターンがあまりにも多かったからです。
しかし,池井戸作品が今ほどドラマ化や映画化などで脚光を浴びていなかったつい最近までは,銀行などを主戦場にして組織内の軋轢や妬みなどから生まれる人生の悲哀をベースにしたもっとドロドロした部分を描く作家さんだという印象が強くありました。
それが,「痛快で」「大団円を迎える」手法が大衆に一旦受けてしまってから,明らかに書き味が変わってしまいました。
その圧倒的な筆力に敬意を払いつつも,
「なんでそんなに実力がある人が,自分を見失ってしまっているんだろう…。」
と残念に思う部分もあったわけです。
ところが,本作「下町ロケット ゴースト」は,明らかに近年の一般受けを狙った書き味とは一線を画するものになっています。
具体的にいうと,「企業人としての失敗」「裏切り」「復讐」等のドロドロした部分が主に描かれており,「佃製作所」側の「正義」はあくまでもストーリーを展開させるための潤滑油として利用されていると受け取ることができるのです。
うん,このくらいが丁度いい。「シリーズ」が進んで来ているからこそ,「飽き」を未然に防ぐためにもこれでいいのだと考えます。
「ギアゴースト」と「帝国重工」
ストーリーのキモとなるのが,帝国重工を見限った「伊丹」と「島津」が興した「ギアゴースト」というベンチャーの動向と,「帝国重工」および次期社長と噂される的場の旧態依然たる歩みです。
佃製作所は,その両者と関わり合いながらそれぞれの「感情」を浮き彫りにしていくことになります。
そう,今回はこの「感情」の部分が非常に大事なのです。前述した「企業人としての失敗」「裏切り」「復讐」といった部分です。
①ギアゴースト
「ギアゴースト」は,天才技術者とされた「島津」を,絶対的な構造改革案を携えた「伊丹」が誘って起業したベンチャー。トラクターなどに搭載する小型エンジンのギア部分を開発,製作しています。
そして,この2人,それぞれが絶大な自信をもって取り組んだ案件を帝国重工に否定され,居場所をなくした後に飛び出したという経緯があります。
本作のサブタイトル「ゴースト」には,2人の「一旦は死んだ」という思いが込められているのです。
ある特許問題で佃製作所から助けられることになる「ギアゴースト」。顧問弁護士の裏切り,伊丹が帝国重工時代に関わったある人物との関わりなど,ドロドロとした部分がふんだんに盛り込まれており,読み応えは十分。最終的に伊丹は,恩義のある佃製作所を裏切るかのような決定をすることになるのですが…。
以前からの的場への復讐心から脱することのできない伊丹と,それについて行けない島津が袂を分かつシーンで本作は締められています。この後どうなるのか?
そう,「続編」あるんですねえ!
そのことについては後段で。
②帝国重工側
佃製作所がそのバルブシステムで帝国重工ケットエンジンの開発に携わったことからこの「下町ロケットシリーズ」は始まりました。
しかし本作では,その帝国重工側の赤字が膨らみ,これまで宇宙開発を先導してきた財前が管轄するロケット開発そのものが整理されようとする流れになっていきます。
それを主導するのが次期社長と噂される的場。
この的場は,以前の伊丹の直属の上司として暗躍し,伊丹を体よく利用し切り捨てていたいうことが分かってきます。
それを知った伊丹は…?というところが,伊丹と島津が袂を分かつ原因となってしまうわけです。
経営不振によって新たな展開を余儀なくされる帝国重工。その中でこれまでの社長肝いりで進められてきた「宇宙開発」そのものが否定されるほどの大きなうねりの中,新たな「的場」という大物の登場。
本作では,このような大手企業のおどろおどろしい部分もリアルに描かれていきます。ここら辺も池井戸さんの真骨頂とといえる部分ではないでしょうか。
宇宙開発部門を追われる財前は「農業」という新たな戦いの場を見いだすようなのですが,今後はギアゴーストの製作する「ギアシステム」と財前のプロジェクトとが絡み,また,ここに恐らく佃製作所がさらに絡み合ってくることになるでしょう。
次作「下町ロケット ヤタガラス」この秋に発刊!
そして驚くべきことに,すでに続編の発表をしてしまうのです。
帯の裏部分にも明記されており,本を開く前に大きな衝撃。
「そうくるか〜!」
という感じです。
もしかすると,10月期からのドラマは,以前のように「前半部分はゴースト,後半部分はヤタガラス」という二部構成を取るのかもしれません。
そして巻末にはより詳しい予告が!
きっと,
財前が打ち出した「農業」に関するプロジェクトとの絡みで伊丹の復讐心に何らかの決着がつき,宇宙ロケット「ヤタガラス」のプロジェクトにも前向きな進展が見られる…
という展開になるのでは?
この「セット売り」のような展開はやや嫌みな感じがしますが,楽しみなことは事実です。
今回の「原点回帰」とも言える書きぶりを,是非次作でも生かしていただきたい。頼みますよ,池井戸さん!
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