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平成の終わりにふと考える「逃げるは恥だが役に立つ」の意義〜生き方の難しさとほっこりと…〜

「Paravi」の無料視聴で再会した「逃げ恥」に感じたこと

 そもそものきっかけは,3月末に少しまとまった休みがあり,テレ東ドラマ「天〜天和通りの快男児〜」というドラマを観たくて,「Paravi」の無料試聴に登録したことから始まります。

 「天」を見終わった後,これまでなかなか「再挑戦」できずにいた「逃げ恥」を見ることに。

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 もちろんリアルタイムでも熱中して観ていた素晴らしい作品だったのですが,2度目の視聴もまさに「一気観」。
 1回目と変わらぬ感動がありました。
 いいドラマって,本当に何回観ても飽きないのです。それこそ台詞を覚えるくらい観ても…。なんなんでしょうね? 「もう観なくていい」と感じるドラマとの差がどこになるのか研究してみてもおもしろいかもしれません。

 などというくだらない話はどうでもいいのですが,2回目の視聴を終え,
「逃げ恥って,正に平成のドラマだな…。」
と感じたのです。

 今回はそんな個人的な思いを書かせていただきます。

 

「生き方の難しさ」と「ほっこり」と…

 2016年放送のTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」は,いわずとしれた新垣結衣さんと星野源さん主演の契約結婚から始まる恋の物語。

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 高学歴だが世間から「必要とされない」ことに悩む「森山みくり」と,女性との関わりが殆ど無く劣等感にさいなまれている「津崎平匡」が,互いのよさを認め合い,愛を育んでいく様子が,コミカルな要素を交えながら描かれていきます。
 毎回エンディングで披露された,新垣さんの「恋ダンス」のかわいらしさに悶絶した男性ファンも多かったようでね。

 さて,このドラマの根源は,みくりと平匡が抱えている「劣等感」とそれに付随する「生きづらさ」です。

 みくりは「こざかしさ」,平匡は「女性とのかかわり」

 そして共通するのは,双方とも「相手から認められない」ということに関する苦しみ。
 しかしそれは,逆の見方をすれば「認められたい」という本能的な願望なわけで…。

 ここまで考えて思ったのです。
 昭和の時代は,「トレンディードラマ」を筆頭にする「非現実性」か,圧倒的な「アットホーム感」という二択の時代ではなかったかと。

 反面,平成の自体は,「バブル崩壊」という現実を踏まえ,
「現実的すぎても,非現実的すぎても受け入れならない」
という時代だったのではないでしょうか?
 また,日常の生活の中にあるある種の閉塞感。また,不景気による「頑張っても報われない」という生き方の難しさ。
 そんな常に追いかけてくる「負の現実感」が,独自の「平成のドラマ感」を生んだのだと考えます。

 さらに…。
 それでもどこかに救いが欲しいのです。
 圧倒的な悲しみ,憎しみの話よりも,ハッピーエンドや「ほっこり」を求めている…。
 それも平成のドラマ視聴観の特徴といえるのではないでしょうか?

 そう考えると,「逃げ恥」は正にその「平成のドラマ観」に一致するのです。
 それに加えて新垣さんの清潔感,星野さんの透明感。
 やはり受けるわけです。

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 私,ついついメルカリでBlu-rayBoxを購入しちゃいました。いまさらながら…。
 これでParavi解約後も高画質で楽しめます。

 

では「令和」のドラマ観は…?

 それでは,まもなくやってくる「令和」では,どのようなドラマが求められるのでしょうかねえ?

 時代背景が大きく作用するのでしょうから,予想するのは難しいわけですが,個人的にはやはり,
「心温まる,ほっこりする恋愛ドラマ」
が数多く輩出されることを願います。

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 いつの時代も,「恋愛ドラマ」の需要があってこそ心が潤うものだと考えておりますので…。

 皆さんは「令和」のドラマに何を望みますか?