心染み込む優しさが詰まった,三上さんの最高傑作誕生!
一言で言うと…。
「三上さんの最高傑作」
だと思います。
三上延さんの最新刊「同潤会代官山アパートメント」を読了しました。
三上さんお得意のミステリー要素は皆無。
「家族愛」「大切な人を思う優しさ」「命のつながり」という,重たく普遍的なテーマに真っ正面から取り組んだ作品に仕上がっています。
発売の発表があった際に本ブログでも取り上げましたが,
「建設当時は最先端であった集合住宅を舞台にした家族の物語」
という程度の情報しかありませんでしたので,どのようなモチーフで描かれるのか…と興味津々でありました。
そして…。
第一章を読み終え,第二章の冒頭を読み始めた時点で気付きます。
であると。
そしてすぐさま私の脳裏をよぎったのが,湊かなえさんの「花の鎖」です。
この作品も,三世代の時を跨ぐ女性の物語でした。
私,数ある湊さんの作品の中でも,この「花の鎖」が最も好きな作品です。
ミステリー要素は恐らく最も少ない部類に入るのですが,女性の男性を思う個々のありようについて,世代や3人の個性を見事に表現しながら,世代を超えた家族の繋がりを描いた作品になっています。
本作「同潤会代官山アパートメント」は,「女性」という枠を取り外せば,正に同様の価値観をもつ作品です。
「花の鎖」が好きだった方には,本当にお薦めできる作品に仕上がっています。
三上さんの作品の中でも,最高傑作だと私は感じています。
家族の心を繋ぐ「アパートメント」の意味合い
本作は,1927年に,竹井 光生・八重夫妻が当時は最先端だった鉄筋コンクリートの高層アパート「同潤会代官山アパートメント」で暮らし始めたことから始まります。
舞台となる「同潤会代官山アパートメント」の歴史的意味合いについては,前掲の以前の記事に譲りますが,本作の登場人物は,それぞれがこの「同潤会代官山アパートメント」に対してそれぞれの異なった「強い思い入れ」があり,心の支えとしている部分があります。
タイトルにアパートメントの名前を使っているのは,ただ単に「同じ場所での出来事を綴った」ということではなく,「家族の心を繋ぐ鍵がこのアパートである」といことに違いありません。
さて,この物語で描かれるのは「竹井家」「杉岡家」。
その家系図がこちら。
なんと四世代にわたるストーリーです。
そして,明確ではありませんが,あえて「主人公」を上げるとすれば,「八重」ということがいえるでしょう。
そもそも,光夫と八重のなれそめには非常に哀しい背景があり,光夫が住居として「同潤会代官山アパートメント」を選択した理由が,この物語の下支えとなっています。
そう,八重を思う気持ちから物語がスタートし,その深い愛情がその後の三世代の家族にも脈々と受け継がれていくのです。
「俊平」と「恵子」の出会いもこのアパートでしたし,そもそも俊平の人間性を光夫や八重が信じるようになったのも,このアパートでの起こったある一件からでした。
そして俊平と恵子が後々に思いを確かめ合うきっかけとなったのも,もちろんこのアパート…。
さらに。
俊平と恵子の子どもである「浩太」と「進」の兄弟が起こしたアパートでの大騒動。
浩太の命を救った八重の行動。
兄と違って生きづらい思いを抱える進を支える八重の言動。
そして…。
ひ孫の「千夏」の悩みを見抜き,重要な選択の後押しをする八重。
未読の方々にとっては,
「何のことだかさっぱり分からない」
ということだとは思いますが,ちょっとでも興味をもった方は,是非ご自分でお読みになり,謎解きをしてみてください。
家族それぞれにとっての「同潤会代官山アパートメント」の意味合いが,心に染みてくること間違いなしです。
「月の沙漠」と「アパートの鍵」が『カギ』を握る
三上さんの,非常に坦々とした文章が印象に残る作品です。
坦々としているのですが,無機質だということではありません。
作者による文章が,読み手の感じ取り方を邪魔しないように,これまで以上に意識的に冷静な書きぶりに徹したのではないかと考えるほど,その書きぶりが効果的です。
前掲の紹介ブログにも書きましたが,当初は「第一章」となる「光夫と八重」の物語のみの読み切り作品だったようです。
この作品の出来映えに惚れた編集が,連載・単行本化を口説き落としたのだとか…。
「GOOD JOB,編集さん!」
と叫びたくなります。
編集の後押しがなければ,後の家族の物語は生まれなかったわけですので…。
最後に。
この物語のカギは,童謡「月の沙漠」と「アパートの鍵」です。
月の沙漠は,八重の心の根底に流れる歌として随所に登場しますし,アパートの鍵は,登場人物の心を支えたり,関係をつなぎ止めたりする際の『カギ』としてこちらも大事な場面で登場します。
平成が終わり,令和が始まる今,是非とも昭和の時代を駆け抜けるこの作品を,「カギ」の意味合いを味わいながら読んでみてください。