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夏川草介最新刊「勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~」レビュー〜研修医と3年目看護師から勇気をもらえる秀作!〜

「神様のカルテ」の夏川草介さんの最新刊!

 私が2019年に読んだ本の中で「この一冊」といえるお薦めを選ぶとすれば,迷わず夏川草介さんの「新章 神様のカルテ」を挙げます。  

 本庄病院から飛び出し,大学病院でもまれる「一止」と,その素晴らしき同僚,そして一止を支える妻の「榛名」と娘の「小春」が織りなす神様のカルテシリーズの新章。 

 自らも現役の医師である著者の夏川さんが紡ぐ「現場を知る人が書くからこその」誠実な人物設定,ストーリー展開は以前から定評があるものでしたが,シリーズを重ねるごとに「時間軸」と「人物関係軸」という縦糸と横糸の辛め方が素晴らしいものになってきており,この「新章第1作目」は,これまでの作品の中で間違いなく最も読み応えのあるものになっていました。
 その要因として,夏川さんの筆力が確実に向上し,理詰めで少々お堅い文体でありなからも,なぜか鮮烈な瑞々しさを感じさせるという,他の作家さんではなかなか味わうことのできないところまで「夏川節」とでも言うべき表現力が上がってきていることを挙げさせていただきました。詳しくは上記記事をご覧ください。

 さて,そんな夏川さんの新刊ということで注目していたのが,「勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~」。
 本作は,角川書店の「小説 野性時代」に2016年から19年にかけて連載された中編を,書き下ろされたプロローグとエピローグで挟んで単行本化したものになっているようです。

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 「連載」とはいえ,毎年の5月号に年に1回だけの連載。
 医療現場での激務の間に執筆している夏川さんならではの,最大限の奮闘の上で著されたものだ…ということを想像するに難くありません。

 そしてこの「勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~」,神様のカルテシリーズに勝るとも劣らないほどの秀作となっています。

 

若き研修医と看護師の目線から見る地方の高齢者医療

 「神様のカルテシリーズ」宜しく,本作も舞台は信州,松本。
 市街地から1時間ほど離れた郊外の小病院である「梓川病院」が舞台です。

 研修医1年目をこの梓川病院で迎えることになった「桂 正太郎」と,看護師3年目を迎え,「新米」から次のステージへと駆け上がろうとする看護師「月岡 美琴」が主人公。
 章立てとしては,4つある章のうち,第1・3章が「美琴目線」,第2・4章が「正太郎目線」で交互に描かれています。

 地方の小病院ということで,入院患者の殆どが老人。しかも,その殆どが寝たきり,痴呆等の困難さを抱えており,常に「死」が隣り合わせとなっている仕事場です。若い美琴や正太郎は,夏川さんが描く医療従事者が常にそうであるように,誠実に,懸命にそれらの命と向き合いますが,病院経営の現実や,先輩医師,看護師の考え方と理想との間で,その思いが大きく揺れていくことに…。
 しかし,周囲の先輩医師・看護師にもそれぞれの事情があり,いざとなると若者を助けてくれる…。このあたりの描き方も,神様シリーズ同様ですね。厳しい命のやり取りが行われる絶望的な激務を描きながら,読了後にはどこか救われ,心の中に爽やかな風を感じることができる,元気をもらえる一冊になっています。

 また,各章のタイトルが,「窓辺のサンダーソニア」「秋海棠の季節」「ダリア・ダイアリー」「山茶花の咲く道」「カタクリ賛歌」「勿忘草の咲く町で」と,四季折々の花の名前がついていることも本作の特徴です。
 そしてもちろん,その花が本題のストーリーにも大きな影響を与えているのも夏川さんのうまいところです。
 特に印象に残っているのが,第4章。「カタクリ」の群生地での患者とのエピソードから,延命治療について患者の孫に自らの考えを伝える正太郎。「カタクリの根が切れている」「切れていない」ということを高齢者の「命」になぞらえた部分からは,夏川さんの「命」に対する強いメッセージを感じ取ることができました。

 「神様シリーズ」よりも登場人物が若いということもあり,表記自体も登場人物に合わせて若々しいものに感じます。これまで感じていた「小難しさ」は全く感じません。しかし,美琴や正太郎の揺れ動く心情はもちろん,周囲の医師・看護師・患者・家族の考え方や心の動きまでも,実に見事に,そして自然に描き込む「夏川流」に,一気に心をつかまれること必至です。
 これに信州の自然を織り交ぜ,それが実に見事に登場人物の心とシンクロするのですから,本当に素晴らしい作品です。

 

爽やかな恋模様と「一止」の影…

 さて,若い美琴と正太郎が主人公ということで,この2人の爽やかな恋愛模様ももうひとつの軸として描かれていきます。

 不器用だが誠実。妙に正義感が強くて自分の行動の意味合いに悩み…。
 このあたりの人物設定はいかにも夏川作品という感じです。
 日々の生活の中で,納得できないことが澱のように重なっていく我々の人生にあって,夏川作品を読むと勇気をもらえるのは,「正しいことは正しい」と主張してくれる登場人物の存在があるからでしょう。

 そんな似たもの同士の2人が互いに惹かれ合うのは,当然のことだと納得できますし,読んでいて心が温かくなるのを感じました。夏川さんが,神様シリーズの「一止と榛名」以上に甘い男女を描くのはかなり意外でしたが,夏川さんの新たな面を知ることができたようで,なんだかいい気分になりました。

 表題の「勿忘草」ですが,エピローグで重要な役割を果たします。
 「青い」勿忘草の花言葉は…「真実の愛」

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 最後に…。
 終盤で正太郎は大学病院での研修を決意することになりますが,大学病院の医師との酒席で,「新章 神様のカルテ」にも登場する大学病院の柿崎医師が「本庄病院から来た変わり種と引き合わせたい」と語る部分があります。
 これ,明らかに「一止」です。「引きの一止」宜しく,この酒席にも急患が入って来られなくなってしまうわけですが,別小説に一止を「チラ見せ」するあたり,やってくれますねえ〜。

 これ,「新章 神様のカルテ2」で,研修医として正太郎が登場するなんてことがあったらおもしろいかもしれません。もちろん美琴も登場して…。
 このように,夏川ワールドが絡み合い,今後の新たな作品が生み出されるのもおもしろいかもしれませんね。

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