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夏川草介「始まりの木」レビュー〜「民俗学」の描き込みは薄いが,「日本人の心」について考えさせられる秀作〜

夏川草介「始まりの木」読了

 夏川草介さんの最新作,「始まりの木」を読了しました。

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 以前にも紹介したように,今回のテーマが「民俗学」ということで,これまで夏川さんが描いてきた「医療」の世界との「違い」を楽しみにしておりました。 

 読了して感じたのは,夏川さん独特の心に染み入る文体です。
 ストーリー的には,「神様のカルテ」シリーズのような劇的な波はないのですが,不思議と心の奥底に染み入ってくるようでした。

 

「民俗学」そのものの描き込みは薄い…,しかし…

 本作の帯は以下のようになっています。

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 東々大学文学部の民俗学准教授である「古屋神寺郎(ふるやかんじろう)」と,大学院生の「藤崎千佳」が,全国5カ所を訪れ,その土地に住む人々やその土地古くからの風習・習慣などに接していく…というストーリー展開となっています。

 「民俗学」がテーマ…と聞いて,
「果たして夏川さんが,"民俗学"をどのように描くのか…?」
ということが非常に気になっていましたが,読了して感じたのは,
「良くも悪くも,"民俗学"の本質に関する描き込みは薄い…」
ということです。

 好意的に受け止めると,
「"民俗学"という学問をごり押しされずに気持ちよく読める」
とすることもできますが,
「せっかく舞台を"民俗学"としたのに,学問的な価値付けが薄味なのは重厚さに欠ける…」
と捉えることもできます。

 私のような読み手でも「薄さ」を感じましたので,もう少し硬派な書き表し方でもよかったのかもしれません。

 しかし,決して本作の内容が「薄い」というわけではありません。

 

万物に神仏を見てきた日本人本来の心とは…

 本作の根っこには,古来からの「日本人の心の在り方」があります。

 欧米では,「人」や「書き物」の中に宗教的な信仰を求め,そこに人々の考えを押し込めようとする傾向があるが,日本人は古来から,身近にある事象全てを新興の対象にする,緩やかでお仕着せのない「心の美」がある…という考え方が底流に流れているのです。

 身近にある大木や石,山,川,海…。
 自分の生活の中にあるものの中に神や仏を見いだし,信仰する。そんな生活の中から生まれる信仰の中にこそ,「美しさ,壮大さ,荒々しさ」などを感じ取って自らの思いと重ねるという,日本人独特の信仰があるという考え方です。

 本作は5章に分かれており,前述した5カ所の「信仰の地」でのエピソードを交えながら,藤崎が人としての考え方,民俗学の魅力に気付き,学者の端くれとして成長していく様子を描きます。

 その中に,人としての生き様が時にはもの悲しく,時には潔く描かれ,読み手の心を洗い流してくれるような小さな感動を与えてくれます。
 個人的には,「古屋」が足に障碍をもつに至ったエピソードと,その裏にある愛情の物語が心に染みました(第一章「寄り道」)。

 「神様のカルテ」シリーズのように,常に命のやり取りをするような派手さのある内容ではませんが(本作にも「命」に関係する章はありますが),「信仰」に関する話題が数多く登場する分,風がゆっくりと流れていくような穏やかさが漂う作品になっています。

 日本には,数多くの民俗的な話題や昔ながらの信仰が残っているでしょうから,できればシリーズ化してもらいたいものです。
 これまでとは違った夏川さんの魅力を感じ取れる作品として,強くお薦めできるものとなっています。
 是非手に取っていただきたいと思います。

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