七月隆文「天使の跳躍」レビュー
七月隆文さんの最新刊、「天使の跳躍」を読了しました。

以前の作品紹介でも書きましたが、いかにも藤井七冠のブームに乗った新作。
そして奇しくも、その藤井さんが「叡王」から陥落した後に本作が発売され、(ネタバレですが)本作と同じような結末になるといういたずらも働きました。
「ネタバレ」と書きましたが、まあ、これまでタイトルに辿り着けなかったベテラン棋士が、時代の寵児と言われる「若き天才」に挑む…という時点で、この結末は想像できるというものです。
いわゆる、「お決まり」のストーリー展開。
問題は、
「そんなお決まりの展開なのに、何故敢えて七月さんはそこに挑んだのか?」
ということです。
「想像どおりでしらけた…」となるのか、それとも「想像を超えるだけの何かがあった…」となるのか。
今回は後者でした。
今年度の中でも指折りの良作です!
ベテラン棋士の「跳躍」に人生の重みを見る
46歳の「田中一義」は、過去5回もタイトル戦に望んだ実績をもつ実力者。現在もB級1組に所属する粘り強さが持ち足のベテラン棋士です。
しかし、5回のチャンスを逃す引きの「弱さ」を脱却できないまま、棋士としてのピークはとうに過ぎています。
そんな田中にやってきた、人生最後とも言えるタイトル戦。
しかし、その相手はすべてのタイトルを保持する「令和の王」、源大河。
物語は、田中の家族(妻、娘)、弟子、同僚、先輩、初恋の人、父母という多様な人生の渦の中で進んでいきます。
当初は、思いが定まらないうちに連敗する田中。しかし、もうだめか…と諦めたときに、過去の思い出、同僚や先輩棋士の助力、本当は自分の支えとなっていた家族との関わり・父母との思い出等との怒濤のような奇蹟の体験を経て、「諦めない本当の自分」を探し当てます。
まあ、「お決まり」といえばお決まりなのです。
あまりに綺麗に終末を迎える…と言われればその通り…。
ただ…。
それを知っていても、終盤の魂を削って将棋を指す田中と、それを支える周囲の人々の熱き思いは胸を打つのです。
七月さんの熱情に押し切られた…という印象ですね。

どっぷりと人生の在り方について浸ってみたい方にはお薦めできる秀作になっています。
恐らくはこれまでの七月作品で最も重厚な作品になっているものと思われます。
「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」と肩を並べるくらいにお薦めできる本がようやく登場した…という印象です!
個人的に素晴らしいスパイスだと感じたのは、エピローグ。
「令和の王」として、冷徹なまでの強さを発揮していた源ですが、実は人には言えない重大な秘密を抱えていました。
その秘密を知る唯一の高校時代の友人との再会。
人間味を取り戻して行くであろう源の未来の入り口が開いたところで本作は終わっています。
いや〜、読了後に爽やかな風が吹くこと請け合いです。
あっ、将棋を全く知らなくても十分に楽しめます。
ご安心を!