「ゴースト」「ヤタガラス」の連作は読み応えあり!
池井戸潤さんの「下町ロケット ヤタガラス」を読了しました。
ご存知の通り,本作「ヤタガラス」は,前作「ゴースト」と連作となっており,その文章量,内容ともに池井戸潤さんの力量を感じることのできる意欲作です。
前作「ゴースト」では,農機具エンジンとトランスミッションという新分野に取り組もうとする佃製作所の取り組みと,佃製作所がタッグを組む帝国重工に遺恨をもつ会社や技術者とのこれまでが丁寧に描かれていました。
近年の池井戸潤さんの作風とは異なり,「正義」だけを矢面にするのではなく,「挫折」「恨み」などのドロドロとした面を下支えにした骨太な心情描写が見事で,後編の「ヤタガラス」の出来映えに期待をつなぐ良作でありました。
そして「ヤタガラス」。
さすがの池井戸さんの筆力は感じますが,
「あれ,結局いつものお手盛りの終末?」
という印象。
何でこうも「勧善懲悪」的なストーリー展開にしちゃうんでしょうね?
「宇宙」と「大地」というテーマ性には拍手
まずもって感心するのは,この連作における「テーマ性」です。
これまでの下町ロケットシリーズのテーマであった「宇宙ロケット開発」のベースはそのまま生かしつつ,今回は「農業の本質」と「無人農業ロボット」に思い切り舵を切ってきました。
一見,「ロケットと農業?」と首をかしげたくなるのですが,ここが池井戸さんのうまいところ。
佃製作所と帝国重工のタッグで打ち上げられた「準天頂衛星ヤタガラス」の恩恵で,無人農業ロボットを遠隔操作する際の誤差が「10mから数㎝」へと大幅に減少しているということが今回の「無人農業ロボットプロジェクト」の下支えとなっています。
また,帝国重工側のプロジェクト担当は,「ヤタガラス」で苦楽をともにした財前。ここにも,前作からの繋がりがあるのです。
まあ,そこに「的場」というヒールが登場してかき回すことになる…という展開が「いつもどおり」ということで物足りなく思うのですが,前作「ゴースト」から登場する「重田」「伊丹」という,的場に恨みをもつ者たちの「復讐劇」として描くという池井戸さんの思惑もからんでいます。
そして,その心情を描ききるためには「連作」にする必要があったのだと思われます。
キーパーソンは「島津」
「ヤタガラス」のキーパーソンは間違いなく「島津」です。
前作で伊丹との確執から「ギアゴースト」を袂を分かった島津。本作ではそのギアゴースト社とライバル関係となる佃製作所でその辣腕を振るいます。
その中で開発する「ある部品」が命運を握ることに…。
伊丹への思い,技術者としての仕事への思い,自分を必要としてくれる佃製作所への思い…。
自分を取り囲む様々な要因とどのように接していくのかという,島津の決断こそが本作「ヤタガラス」を読んでいく上での醍醐味となってきます。
また,終盤で佃が下す,普通ではありえない決断。
その裏側には,
「自分たちは何のために農業ロボットをつくっているのか?」
という「仕事の意義」に付いての真摯な思いがありました。
下町ロケットシリーズにおいて,扱う素材はその巻ごとに異なりますが,物語の根底にあるのがこの「心意気」のような部分。
この部分がぶれない限り,今後も下町ロケットシリーズは続いていくような気がします。
しかし…,この「お手盛り感」はどうにかしてほしい!
いずれにせよ…,今回も佃製作所が「正義」となって終わるわけです。
しかも,そのために「的場」が追い込まれていったり,ライバル側の「ダイダロス社」や「ギアゴースト社」のミスが発覚したりという数々の伏線が張られ,それが時限爆弾のように実に計画的に,そして着実に彼らを追い詰めていきます。
あまりに「計画的過ぎる」のです。
佃製作所や島津が窮地に追い込まれると必ず相手が「自滅」するような何かが起こる…。
「痛快な勧善懲悪もの」であればそれは必須なのでしょうが,我々がこの「下町ロケットシリーズ」に求めているのはそんな軽いものなのでしょうか?
しかも,それがシリーズでは「必ず」発生するのです。
「ゴースト」では,連作の序章ということで,このお手盛り感はありませんでした。
だからこそ「これまでとは書き味が違う」とも感じましたし,評価もしました。
しかし「ヤタガラス」では逆戻りです。
このストーリー展開,どうにかならないものでしょうか?
今後もシリーズ展開を継続していくつもりなのであれば,あまりに同じ展開にもち込んでしまうのは危険だと感じるのですが…。