2020年お気に入りの小説は?
2020年が暮れようとしている中,先日は「今年のベストバイ」に関する記事を書きました。
今回は,「小説」の中から選んでみたいと思います。
昨年の内容は以下の通り。
2019年は結構「豊作」だったイメージ。
その中でも,夏川草介さんの2冊が非常にインパクトが強かったですね。特に「新章 神様のカルテ」は圧巻の出来。医者が抱える葛藤と患者側の思いを,実に力強く描いていました。
さて,今年は…。
個人的には低調な1年だったと感じるのですが,皆さんはどのように受け止めていらっしゃるでしょうか?
1位は…
第5位 住野よる「この気持ちもいつか忘れる」
本当はもっと上位に食い込んで欲しかった住野作品が5位です。
登場人物の30歳までの軌跡を追ったり,結婚というゴールを見据えた結末にしたりと,これまでの住野作品にはなかった構成となった本作。
上記レビューでも書きましたが,前半2/3ほどが,カヤと異世界の少女チカとの淡い恋模様で描かれます。そして,後半の1/3で,カヤの心が再生していく…という展開。
「前半」は,あまりにもファンタジー要素が強いですし,分量的にあまりにも鈍重なペース配分なのが痛い。
「後半」の,抜け殻のように生きているカヤが斎藤さんと出会い,そこから再生していく様子が非常に骨太描かれていることもあり,個人的には「後半」部分を中心に描いた方が,作品としてのメッセージ性は上がったのでは…とも考えます。
特に「恋愛小説」と銘打っている本作においては…。
しかし,住野さんの現在の立ち位置では,まだそこまでは難しいのかな…。メインのターゲットとなる年齢層も違うでしょうし…。
しかし,明らかにこれまでの作品とは異なる「新機軸」を打ち出してきたことは間違いありません。2021年の活躍が今から楽しみです。
第4位 夏川草介「始まりの木」
昨年度はダントツの1位だった夏川作品が4位です。
これまで「神様のカルテ」シリーズを中心に執筆していた夏川さんの新シリーズとも言える作品。
民俗学准教授である「古屋神寺郎(ふるやかんじろう)」と,大学院生の「藤崎千佳」が,地方の人々や風習と関わり合う中で,「日本人の心の在り方」に触れていく…という展開です。
これまでの夏川作品同様,エピソードの裏にある人間模様の描き方は抜群です。しかし,「医療もの」と違って,民俗学ではどうしてもインパクトに欠ける部分があり,「すっきり読める」のですが,「物足りない」部分もあるわけで…。
夏川さんの文体のよさは「骨太さ」にあると考えますので,テーマが民俗学では,そのよさを発揮しきれない部分もあるのでは…と考えます。
続編では,より登場人物の感情を掘り下げて描くことで,その物足りなさを補っていただければと思います。
第3位 有川ひろ「イマジン」
久々の有川作品が第3位。
「良井良助(いい りょうすけ)」が,映像制作会社「殿村イマジン」で働く中で成長していく様子を描いた「お仕事エンタメ」。
この手の作品を書かせたら,やはり有川さんの右に出る者はいない…と納得されるのに十分な力作です。
とにかく「人垂らし」的で中毒性のある文体で,読み手を引きつけてしまうのが有川作品
本作も正にその通り。
全ての登場人物が魅力的で,良助が様々な人の言葉やサポートによって成長していく様子を,自分事のように体感することができます。正に「若者にこそ読んでもらいたい」と感じる一作ですね。
本来であれば「1位」に推したいところですが,危険な兆候も。
レビュー②でも書きましたが,文中に自らの作品とおぼしき作品を登場させたり,しまいには有川さん自身と重なる人物を登場させたりと,お遊びが過ぎました。
特に後者は,制作側の意図を汲んでSNSで世論に発信したり,自ら制作現場に現れてトラブルに応じた脚本を書き直したり…。
原作者が,己の信条をダイレクトにぶつけるような表現の仕方は明らかに間違っていると感じますので,この部分が本作品の品位を大きく傷つけていると感じます。
まあ,「いいんじゃないの? 楽しければ」と考える方もいらっしゃるでしょうから,あくまでも私見ですが…。
歌手でも,あまりにも曲が押しつけがましくなると衰退の一途を辿るもの。一斉を風靡したシンガーソングライターが売れなくなっていくのは,このパターンが多いような気がしていますので,有川さんも注意してもらいたいなあ…。
第2位 三上延「ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ〜扉子と空白の時〜」
古書堂第2シリーズの「2巻」が2位。
まずもって面白みを感じたのは,「時間旅行」的な感覚を味わえる物語の設定です。
詳しくはレビューを見ていただきたいのですが,「第一シリーズ」後に結婚した栞子さんと大輔が,扉子という子どもを授かった…ということで,作者の三上さんは本シリーズの中に「時間旅行」という「秘策」を見いだしました。
第2シリーズ「1巻」の「扉子と不思議な客人たち」では,「扉子が両親に昔の本にまつわる事件を聞く」という形で,栞子さんと大輔のエピソードを聞き出しました。
本作では,栞子さんが扉子を身ごもった時期と扉子が小学3年生になった時期を跨いで,横溝正史の「雪割草」の事件を描写し,それを高校3年生になった扉子が振り返っている…。
もはや,「シリーズ全体を通して貫く時間軸を自由自在に活用する」という「お宝」を,作者である三上さんが手に入れた…ということなのでは?
次の展開が全く読めませんが,「扉子が活躍する展開」を予告してする三上さん。
いよいよ扉子の才能が開花するストーリーが読めるのかもしれません。
第1位 なし
そして2020年の第1位は…。
残念ながら「なし」とさせていただきます。
どうしても,「これぞ」と自信をもってお薦めできる作品を挙げることができませんでした。もちろん私自身の読書の幅が狭いこともあるでしょうが,コロナの影響もあってか,出版界の勢いもなかったように思います。
期待した東野作品も完全にこけましたし,池井戸・湊作品も通常営業でインパクトに欠けました(悪くはありませんでしたが)。
2021年は,それぞれの作家さんの「成長」が見える作品が多く出版されることを願います。
個人的には,お気に入りの作家さんを増やしていかなければ…と感じているところです。