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住野よる「腹を割ったら血が出るだけさ」読了&レビュー 〜自らを閉じ込めてしまう若者の苦悩と解放を描く〜

住野よる「腹を割ったら血が出るだけさ」読了

 住野よるさんの最新刊、「腹を割ったら血が出るだけさ」を読了しました。

 以前に紹介したように、「住野よる初の"青春群像劇"」という触れ込みだった本作。

 読了して感じたのは、
「群像劇というにはそれぞれの登場人物同士の関わりが曖昧では…」
ということ。

 それぞれの思いや苦悩が、それぞれの人物の中で完結しているというか、他との響き合いという要素が薄いというか。

 「群像」という意味合いでは、『か「」く「」し「」ご「」と「 』の方がピッタリくる印象です。

 しかし、時にはねじ曲がり、暴走しがちな青春の狂おしさのようなものは非常に色濃く描き出されているように感じました。

 これまでの住野さんにはない「ワイルドさ」「骨太さ」が前面に出る良作となっています。

 

若さ故の囚われ

 物語は、「小楠なのか」という作家が著した「少女のマーチ」という作品を媒介に進みます。
 以下の3人が中心人物だと言えるでしょう。

〇糸林茜寧
 高校生、書店アルバイト。
 「少女のマーチ」の主人公に自分を重ねながら盲目的に信仰しており、その世界観に自らを投じることに生きがいを感じている。
 しかし、「愛されたい」という一心で常に嫌われないように計算ずくで自分を演じ生活しており、そんな自分を「グロテスクな存在」と感じ、死んでしまいたいくらいに嫌っている。

〇宇川逢
 ライブハウス店員。
 「少女のマーチ」で主人公の少女を救う「あい」との共通点を感じた茜寧が盲目的に運命と感じる相手。
 相手に嘘をつかず、本音で語ることが自分のやり方だと考えている。自分の真ん中にある攻撃的な部分も理解しつつ自分を抑えながら生きている。
 茜寧と樹里亜双方に関わり合う鍵を握る人物

〇後藤樹里亜
 アイドルグループ「インパチェンス」メンバー。
 映画版「少女のマーチ」の主題歌の作詞を担当し、クループ歌うことに。
 アイドルとしての自分の「ストーリー」を作り上げることに全てを捧げている
。生活の全てが「ストーリー作り」のための材料と見なし、計算尽くで演じ、生きている
。究極のナルシストであり、そんな自分のことを好きでいることで自分を支えている。

 茜寧は逢に「あい」を重ね、「少女のマーチ」のストーリーをなぞることで、逢が自分を救い出してくれると考えます。

 樹里亜は、アイドルとしての自分を保つことが何よりも正義だと考えます。

 茜寧も樹里亜も、理想の自分を演じることで、「愛されたい自分」や「アイドルとしての自分」を保っているわけです。

 しかし、最終的にはそんな自分自身を演じきれなくなって…と最終盤に一気にクライマックスへとなだれ込みます。

 詳細はネタバレになるので書きませんが、茜寧も樹里亜も、最終的には本当の弱い自分と向き合うことで、本当の自分自身と折り合いを付けようとする決心をすることになります。

 終盤で、逢が自分の中にいる大嫌いなもう1人の自分について語った茜寧に言います。

「お前の腹とか掻っ捌いたって、中から本物が出てくるわけじゃないもんな、着ぐるみじゃあるまいし。」

 そう、どんなに嫌っても、自分の腹を掻っ捌いたら血が出るだけ…なんです。
 もう1人の自分も、嫌いな自分も自分自身なんです。それを認めることの苦しさ…。

 「若さ故の囚われ」に誰しもが苦しみ、悩んだことかあるでしょう。苦しみながらも、最後は自分で決着を付けなくてはならない…。この描き方がこれまでの住野さんのとの作品にも無かった「強さ」を感じさせる要因なのかもしれません。

 

誰しもが囚われの自分を生きている

 今回は「若さ故」という部分が非常に強調された作品ですが、当然若者でなければ囚われの心がないか…というはそんなことはありません。
 人生囚われっぱなし…なのではないでしょうか?

 プロローグ、エピローグの部分で、「少女のマーチ」の作者「小楠なのか」が登場し、小説家としての作品への思いを語る部分があります。

 そこで、
「小説が誰かを救うことなんかない」
「小説は喉の渇きを潤さないし、病気も治せない」
「争いも止められない」
「あなたの不幸を取り除けない」
と、自分の思いをたたみかけます。

 もしかすると、この部分は、これまで作家活動を続けてきた住野さんの本心なのかもしれません。
 そして、「小楠なのか」は語ります。
「この世界にいる全ての人は、どこかの小説や歌や映画や絵画などの作品に描かれているのだと思います。」

 人々の囚われの心を救うもの。
 それが何かは誰にも分かりませんし、どこに転がっているのかも分かりません。

 しかし、住野さんは、自分が書いた作品からエネルギーをもらえる人が一人でもいてくれたら…という思いで本作を書いたのかもしれない…。

 読了後にそんな風にも思いました。

 繊細な言葉で綴られる住野さんの文章のよさは相変わらずです。
 そして、最終盤に一気に進展するストーリーの描き方に、成長を感じました。

 皆さんも住野さんからのメッセージを受け取ってみてはいかがでしょうか?

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