池井戸潤「俺たちの箱根駅伝」レビュー
池井戸潤さんの最新刊「俺たちの箱根駅伝」を読了しました。
「箱根駅伝」と真正面から向き合った大作となっています。

池井戸さんというと、「大山鳴動して最後はハッピーエンド」という水戸黄門的なストーリー展開がお決まりとなっており、そのマンネリぶりは非常に気になるところではありますが、非常に読みやすい文体で、読者を惹き付ける力量はさすがというところ。
その意味では、本作もその期待を裏切りません。
力感溢れる群像劇となっています。
「箱根の意味」を問う熱のこもった一冊
ストーリー的には、本線選出から漏れた「関東学生連合チーム」、それを率いる「新監督」と周囲との軋轢、箱根を放送するテレビ局側…という三方向から描かれていくことになります。
チームとしては箱根の夢を絶たれ、個人として、しかも連合チームとして参加することになる「関東学生連合チーム」。そこには、自分のチームで箱根に参加できないという心の揺らぎ、他のチームメイトへの後ろめたさと、それでも箱根を走りたい…という渇望があります。
また、それぞれにこれまでの陸上人生の中での葛藤があり、素直に箱根と対することができない選手も…。
このあたりの葛藤と、それを超えて箱根に立ち向かおうとする大学生の心の動きを実にダイナミックに描くあたりに、池井戸さんの真骨頂があります。
また、本来バラバラの考え方をもっているはずの連合チームを1つにまとめ上げていくのが、急遽新監督としてチームを引っ張ることになる「甲斐」です。前任の監督からは「甲斐しかいない…」と見込まれての監督就任でしたが、周囲の評価は散々。それをチームを変えていくことでクリアにしていく様は爽快です。
チームとしての体裁ではなく、あくまでも選手個々人の思いを尊重しながら指導することが実を結んでいくという行程は、正に「池井戸ワールド」。あまりにうまくいきすぎる…という従来の課題は強く残りますが、一般的にはこのような丸く収まる形が好まれるのでしょうね。
そして、本作の重厚さを保つ上で重要な役割を果たすのが、テレビ局側の視点です。
箱根駅伝の本質を伝えるというテレビ局の伝統を守ろうとする者、視聴率にこだわるために変革を求める者。箱根駅伝が伝統のある巨大コンテンツであるが故に、制作する側にも様々な思いがよぎると同時に局内政治の元にもなり得ます。
まあそこは池井戸作品。結局は競技の本質や若者の思いを伝えることの大切さが勝つわけですが、番組のプロデューサー、ディレクター、実況のアナウンサー、そして番組制作の権限をもつ役員等を含め、学生の走りから影響を受け、その考えを正していくという展開はドラマチックです。
「上巻」はテレビ局の制作準備、新監督の思いとともに連合チームが1つになってく様子が描かれ、「下巻」は箱根駅伝当日を描きます。
上巻が非常にテンポよく様々な要素を捌いていく中、下巻は10人のランナーのレースの様子や生き様を基にレース展開を追っていく進行になり、やや単調に感じました。
そこに、最後は関東学生連合チームの大活躍…というお約束の展開で、
「さすがに現実はそんなに甘くないだろう…」
とは感じます。
ただ、個々か池井戸作品の弱さでもあり、強さでもあるわけで…。
先にも述べた通り、この「勧善懲悪感」が日本では好まれるのでしょうね。
総じて、箱根の意味」を問う熱のこもった一冊になっていることは間違いなく、一気読みさせる池井戸さんの力量、熱量も感じられます。
当然、読後感は爽やか。
まあ、私のようにいつもの「池井戸節」に違和感を感じるような偏屈な人間を除けば…ですが。
この作品も、いずれTVドラマや映画になりそうな予感です。