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東野圭吾「希望の糸」レビュー〜東野ワールドの最高傑作誕生! 「人の根源」を血の通った3つのストーリーで紡ぐ〜

血なまぐささ漂う序盤にただならぬ予感…

 「プロローグ」を数ページ読み進めて,ちょっとばかり足がすくむ思いがします…。
「最近の東野作品にはなかった,血なまぐささのようなもの」 
が漂うのです。

「生き死に」
「絶望感」

 もちろん推理ものベースの東野作品ですので,常に「殺人」は発生するのですが,本作「希望の糸」は,娘をレイプの末に殺されて復習を誓う「さまよう刃」に似たものを,ほんの数ページで感じるのです。

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 しかし…。
 読了して気付いたのは,「人」とはそもそもなんなのか…という重厚なテーマについて考えている自分自身の存在でした。

 哀しい事故,絶望的な過ち,そして殺人事件。
 それら全てが,「人の根源」という本作のテーマに行き着くのです。

 そして,最初に感じた「血なまぐささ」は,読了時には全て消えています。むしろすがすがしい風が吹き抜けるといった方がふさわしいかもしれません。

 そして感じました。
『本作「希望の糸」は,東野圭吾さんの最高傑作である』
と。 

 

そもそも「ジャンル分け」に戸惑う…

 まずは,以前の紹介記事で気になっていた「若き刑事」。
「新キャラか?」
期待しましたが,こちらは残念。

 いつもの「加賀シリーズ」に登場する,加賀恭一郎のいとこである「松宮 脩平」がその「若き刑事」であり,本作の主人公です。
 先日テレビ放送もされた「祈りの幕が下りる時」で,溝端淳平さんが演じていた役…といえば,もっとわかりやすいかもしれませんね。

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 当然加賀も登場しますが,本作ではあくまでも脇役。
 このような「従来の脇役にスポットライトを…」的な描き方は,東野作品においてはなかなか無かったのではないでしょうか?

 さて,では本題に…。肝心な部分のネタバレにはならないように…。

 本作「希望の糸」は,3つのストーリーを軸に描かれます。

①殺人事件が絡む「花塚弥生・綿貫哲彦・中屋多由子」のストーリー。

②不幸な家族との過去をもちある秘密を抱える「汐見行伸・玲子・萌奈の親子」のストーリー

③事件解決に向き合う松宮と,それまで全く面識がなかった芳原亜矢子のストーリー。

 そしてそのどれもが,「人の根源の部分」に関係する事情,秘密,悩みを抱えています。
 特に,①と②に関しては,全く関係の無いように見えて実は…という,東野流の大伏線が張られているわけです。
 松宮は,これらの事件や人間関係から影響を受け,自分自身の決断をしていくことになります。

 ストーリー展開としては,①の殺人事件を中心に進むわけですが,本作は「推理小説」というくくりとは全く異なったジャンルといえます。
 ハッキリ言って「ジャンル分け」に困る作品。
 エンタメ的な要素は皆無ですし,これまでの「命」をテーマにした東野作品のような「現実離れ感」も無し。かといって,推理要素がふんだんかと言われれば,それも「NO」です。

 どういうことかというと,全体の「2/3」を読んだあたりで,あっさりと殺人事件の犯人が自供を始めるのです。
 ありえないでしょう? 普通の推理小説だったら…。
 しかし,本作は犯人捜しが目的ではないわけです。その裏側にある「人の根源」を描きたいわけです。「自分とは何なのか…」という部分を。
 それが「何か」は,ネタバレになってしまいますので,ここでは書きません。
 是非とも読んでお楽しみください。

 そして3つのストーリーそれぞれで,悲しみ・苦しみを乗り越えつつも一歩を踏み出そうとする決断をする登場人物達。
 その決断の様子に,後半の「1/3」が割かれます。
 実に丁寧に,繊細に…。
 50オヤジの私でもうるっと来る結末がそこに待っています。

 

汐見行伸の苦悩と,萌奈の決断に涙…

 「3つのストーリー」が,平等な重みで書き進められていく本作。
 恐らく,読み手それぞれでどのストーリーに心を揺さぶられたのか…が異なって来るでしょう。

 私は,「汐見家」のストーリーが一番かな…。
 特にラストシーン。
 行伸がこれまでの苦悩を萌奈に伝え後の萌奈の言葉。
「最後にいってくれたことばだけでいい。」

 そして,翌朝の鰹出汁の香り漂う萌奈の味噌汁…
 涙です…。

 

 もともと加賀恭一郎が登場する「新参者シリーズ」は,単なる推理ものではなく,人情味あふれるストーリー展開が持ち味でした。そして,そのことが「重厚さ」を醸し出していたことはまちがいがありません。

 しかし,それでもジャンルは明かに「推理小説」です。
 この「希望の糸」は,これまで以上に推理小説臭を消し,「生命」「家族」「自分の立ち位置」等のテーマを散りばめた作品であり,「ヒューマニスティック」「哲学的」な香りが漂います。
 でも,ちっとも押しつけがましくなく,さらっとした描き方。
 これだけ難解なテーマを描いておきながら,爽やかな印象の読後感を味わわせる東野さんの筆力にただただ感服します。

 前作「沈黙のパレード」も,ガリレオシリーズでありながら,もっとも科学推理臭を消した書きぶりが印象的でしたが,本作もガラッとこれまでの印象を変えてきた東野さん。
 一時代を築いた東野さんですが,ここに来て新たな境地に達したとも思える作品になりました。

 「希望の糸」。
 繰り返しになりますが…
 私はこれまでの東野作品の中でも「最高傑作」だと思います。