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岡崎琢磨「珈琲店タレーランの事件簿6 コーヒーカップいっぱいの愛」レビュー〜ストーリーは及第点,しかし筆者の悪癖「強引さ」が目立つ…〜

3年ぶりのシリーズ最新刊!

 待ちに待ったシリーズの第6弾。前作から3年もの間隔が空いてしまったのは残念でしたが,その分期待が膨らんでおりました。

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 このタレーランシリーズは,三上延さんの「ビブリア古書堂シリーズ」が話題になった後に発刊され,その内容が「女店主と,彼女に憧れる客・店員がミステリーを解いていく」という形で似通っていたため,どうしても比較されがちな作品です。

 詳しくは後述しますが,タレーランシリーズの著者「岡崎琢磨さん」には,「強引にストーリーを推し進めてしまう」という悪癖があるように感じております。前作の「5」では,その部分がかなり改善されている…と感じたのですが,本作では「揺り戻し」とでも言いましょうか,悪癖が強く出ているような印象をもちました。

 「謎解き部」のストーリーはまずまずだっただけに,その点が少々残念な作品になったと感じています。

 

謎解きに関する「場面移行の必然性」「矛盾点」「伏線」を登場人物が無理矢理説明してしまう…という致命的表現方法

 ストーリーとしては,純喫茶タレーランのオーナーであり,普段は「いい歳こいて大の若い女性好き」という「藻川又次」が倒れ,手術に向けて亡き妻の謎の行動を解き明かすことを「切間美星」に託す…というもの(又次は美星の大叔父)。

 美星と,彼女に行為をもつ店の常連「アオヤマ」に加え,美星の親戚である「藻川小原」が,謎に立ち向かうのですが,「又次の妻,ちらつく画家の存在,1枚の画の謎…」と,ミステリーの質的には割とよくできているのでは無いかと感じました。
 冒頭の「プロローグ」の行き着く先が簡単に察することができるはどうかとも思いますが,謎解きそのものには影響していないのでギリギリセーフかな?

 問題は,ストーリーの「展開」のさせ方です。ここに岡崎さんの悪癖が色濃く出てきましているのがいただけない。
 まずもって,謎解きに欠かせない場面移行の無理矢理感。「謎を解明するためにある場所を目指し,そこで得た情報を元に次の場所に進み…」と,ミステリーにおいて場面移行は重要な意味をもちます。本来その場面移行はごく自然に,読者に必然性を感じさせる形で文章表現されなくてはならないのですが,この部分で岡崎さんは「無理矢理に場面転換をはかろうとする悪癖」があります。

 その他にも,「推理に対する矛盾点」や「疑問解決に繋がる伏線」などを登場人物がいきなり台詞で語り出してしまったりすることも多く,「読者が考えて推理を楽しむ」というミステリー本来の楽しさを読者に与え損なっている感は否めません。

 「5」ではこの部分がかなり改善されてきた…と感じていただけに,どうして本作でその欠点が目立ってしまったのか,大いに疑問を感じる部分です。
 再三言いますが,謎解きに向かう流れはよかっただけに,作者のもって行き方(文章表現の部分で)が残念です。

 

三上延さんは着実に筆力を上げている…

 

 前述したように「ビブリア古書堂シリーズ」と比較されることも多い本シリーズですが,ビブリアシリーズの著者である「三上延さん」は,着実にその筆力を上げていると感じます。ビブリアシリーズ最新刊でもそれは感じましたし,別著書ではライトノベルの域を超えた重厚さを感じる文章を書かれています。

 ビブリア古書堂シリーズも,当初は主人公り「栞子さん」がやや強引に推理を進める表現が目に付きました。しかしそれが徐々に改善され,読み手が冷静に,俯瞰的にストーリーを見つめることができるようになってきました。

 ややジャンルは異なるかもしれませんが,東野圭吾さん,湊かなえさんなどのミステリー界の大御所も,謎解き部分で強引に書き進めるような事は当然あり得ません。「読者に対し,いかに謎解きを自然な形で納得してもらえるか」という部分は,ミステリー作家の「根幹部分」であると思いますので,岡崎さんは研鑽が必要になるでしょう。

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 しかし,「京都」という町をフューチャーし出したり,美星とアオヤマの関係が深まっていったりと,シリーズとしての魅力を感じさせるのが「タレーランシリーズ」です。作者の実力の高まりとともに,シリーズが今後も継続し,内容が深まって行ってくれることを熱望しています。